久しぶりのブログ更新のタイトルが「ギグエコノミー」でスミマセン(^_^;)


前提・契約の自由と労働法制の関係について

さて、前提として労働法制の話に触れておきたいと思います。
日本に限らず、労働者を保護する法律は各国に存在しています。
一方で、契約の自由も様々な国で保障されています。

契約の自由は保障されていながら、雇用主と労働者の間の契約には、一定の制限が加わる。
これが、労働法制の実情です。

何故、この様に制限が加わるのか?といえば、契約の一方が強者である場合、弱者である労働者に不利益な契約も自由に締結できてしまい、契約の自由の本来的な意味である、契約当事者の対等性が保たれなくなるからです。
また、対等な当事者が契約の主体である、という考え方は、労働法制だけでなく独占禁止法など他の法律にも共通している考え方になっています。

ここまでを前提として…


従来の労働法制でカバーできなかった範囲

ギグエコノミーの一番輝かしい部分は、従来の労働法制でカバーできていなかった、超短期・単発の仕事に光を当てたことだと思っています。

空いた時間に手軽に稼げる。
長時間働くことはできなくても、数十分から一・二時間なら働けるというニーズに光を当てたことは、評価されるべきポイントだと思っています。

しかし、評価できるのはこの一点だけでしょう。


偽装請負としての脱法性

本来、ギグエコノミーは、連続して働くことを前提にしていないものでした。
しかしながら、その発達過程において、連続して働くことを前提にした仕組みに衣替えをしていきます。
この点は、20年位前に流行った偽装請負と同列に語って良いと思います。

何故、単発だけだったものが連続して働くことを前提とした仕組みに衣替えをしたのか?
これは、IPOを目指し、スケールを求めたプラットフォーマー判断によるものが大きいと思いますが、乱立するギグエコノミープラットフォーマーが、いずれもスケールを求めている点を考えると、GAFAから受け継がれる、遵法意識の希薄さが関係しているのかも知れません。
この点は、別に考察が必要だと思っています。

いずれにしても、保護されるべき働き手が、単発の繰り返しによって、その保護を逃れるというのは、脱法行為以外の何者でもありません。
しかしながら、ギグエコノミープラットフォーマー企業は、単発の繰り返しであること、単にマッチングしているだけであることを隠れ蓑に、その脱法性を認めることは無いのが実情です。


責任の所在は?

Uber Eatsを例に考えてみましょう。
単なるマッチングであるとすれば、飲食店側に働き手を保護する必要性が生まれてきます。
そして、その費用負担は飲食店側が負うことになります。
しかし、残念ながら飲食店側がその責任を負う仕組みにはなっていないようです。

それでは、プラットフォーマーであるUber Eatsは責任を負うのでしょうか?
これも、残念ながら期待薄といえるでしょう。

何故なら、企業が負うべき責任を放棄した仕組みであるから、その分の利益が出るわけで、この利益モデルを放棄するとは思えないからです。

さらに、ライドシェアではどうなのでしょう?
Uberなどは、ドライバーは従業員ではないとして、企業であれば本来負うべき責任を放棄していますが、各国の潮流は労働法制からの脱法行為を許さない方向に傾きつつあります。

これらの法的な結論が確定するまではもう少し時間がかかりそうですが、これらはギグエコノミーの影として認識されつつあるのが現在地点だと思います。


ギグエコノミーの光はどうなるのだろう?

ギグエコノミーの進化は、新しい働き方を示す萌芽は持っていると思います。
たた、それが脱法行為に支えられたいびつな形で進化していては、限界点に到達するもの早いと思います。

働く人への保障を確立すること。
それは、報酬だけでなく労働災害への保証を含めての話なのですが、それが受益者の負担となって跳ね返れば利便性が失われる。
そのバランスの確立を急ぐ必要があるのではないかと思うのです。

そう考えると、参入できる分野も限られてくるのではないでしょうか?



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